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今昔の「やきものの作り手」たち

update:2018/01/08

日本のやきものは、縄文土器から数えると1万年。しかし作り手の名が残るようになるのは、桃山時代以降、それもごく一部の有名人に限られます。本格的に「陶芸家」として、個の名による作品が発表されるようになるのは明治になってからです。ここでは特に有名な作り手たちをリストアップしています。

*「人間国宝」は、重要無形文化財保持者の通称です。
*表は都道府県順に並んでいますが、項目ごとに並び替えができます。

areatechniquetitlenameagecomment
bとちぎ栃木ましこ益子焼
:赤絵・鉄絵・塩秞
 柿秞・青秞、他
1みんげい人間国宝【民芸陶器】
文化勲章 紫綬褒章
濱田 庄司
はまだ しょうじ
1894~1978川崎出身の陶芸家。「京都で道をみつけ、英国で始まり、沖縄で学び、益子で育った」と本人が語った通り、各地で学び、最後に益子で開窯。バーナード・リーチと親しく、また河井寛次郎らとの民芸運動の活動でも知られ、終生「陶工」と称した。
bとちぎ栃木ましこ益子焼
:縄文象嵌
1みんげい人間国宝
【民芸陶器(縄文象嵌)】
しまおかたつぞう島岡 達三
しまおか たつぞう
1919~2007東京生まれ、濱田庄司に師事。濱田邸の隣に築窯・独立し、縄文土器のような縄目部分に泥しょうを埋めて装飾する「縄文象嵌」を生み出し、独自の釉薬を組み合わせた作品を発表。
bとちぎ栃木てつえ鉄絵・鉄釉1てつえ人間国宝【鉄絵】
紫綬褒章
たむらこういち田村 耕一
たむら こういち
1918~1987栃木・佐野生まれ、富本憲吉に師事。郷里の佐野に戻って本格的な登り窯を築窯・独立して本格的な作家活動に入る。東京藝術大学教授に就任、退官後は名誉教授。独自の表現による鉄絵の作品は国際的にも評価を得ている。
bとちぎ茨城ねりあげ練上
嘯裂文・象裂瓷
1ねりあげ人間国宝【練上手】
紫綬褒章
まついこうせい松井 康成
まつい こうせい
1927~2003長野生まれ、笠間の月崇寺住職を務める傍ら、境内に築窯して中国古陶磁の研究。作陶は「練上」にしぼり、伝統の技法を高度に昇華させた新しい練上作品を次々と発表した。
bさいたま埼玉こくゆう黒秞・褐秞1てつゆう人間国宝【鉄秞陶器】はらきよし原 清
はら きよし
1936~島根生まれ。鉄釉の人間国宝であった石黒宗麿の内弟子となり、その後は次の人間国宝となった兄弟子の清水卯一に師事。独立後は東京に築窯、後に埼玉に移転している。
cとうきょう東京ほこうさいじ葆光彩磁・彩磁
青磁・白磁
2帝室技芸員
文化勲章
いたやはざん板谷 波山
いたや はざん
1872~1963茨城出身、東京で築窯。葆光彩磁(ほこうさいじ)などの独自の技法で、中国官窯のような造形とアールヌーボーのような装飾性を持つ端正な作風で知らる。陶芸家としては初の文化勲章受章者。
cとうきょう東京とうちょう陶彫5ぬまたいちが沼田 一雅
ぬまた いちが
1873~1954陶彫家。彫刻を学んだ後、フランスのセーブル陶磁器製作所で研究、帰国後は日本における陶磁器彫刻の分野の確立につとめ、東京美術学校教授、帝展審査員などを務めた。
cとうきょう東京いろえ色絵・金銀彩
白磁・染付
1いろえ人間国宝【色絵磁器】
文化勲章
とみもとけんきち富本 憲吉
とみもと けんきち
1886~1963奈良出身の陶芸家、東京美術学校教授、戦後は京都で活動。東京美術学校で図案を学び、イギリス留学でバーナード・リーチを知って作陶へ。高いデザイン性の赤絵・金銀彩に特に知られている。
cとうきょう東京いろえ色絵・金襴手1いろえ人間国宝【色絵磁器】
紫綬褒章
かとうはじめ加藤 土師萌
かとう はじめ
1900~1968瀬戸生まれ。パリ万博グランプリ受賞後、横浜で築窯・独立。東京藝術大学陶芸科の初代教授に就任。中国明代の色絵を研究し、黄地紅彩の再現に成功他、色絵・金襴手の名品を残した。
cとうきょう東京いろえ色絵・秞描加彩
草白秞・雪白秞
1いろえ人間国宝【色絵磁器】ふじもとよしみち藤本 能道
ふじもと よしみち
1919~1992東京生まれ、加藤土師萌・富本憲吉に師事し、東京藝術大学で長く教鞭を執り、工芸家では初めて、同大学学長を務めた。その作風は、伝統的な色絵に海外的な写実性を取り入れ、新しい上絵の具の色や釉薬を考案するなど、現代的な表現による絵画的な色絵を生み出している。
cとうきょう東京せいじ青磁1せいじ人間国宝【青磁】
紫綬褒章
みうらこへいじ三浦 小平二
みうら こへいじ
1933~2006佐渡の相川、無名異焼の窯元の家生まれ。東京藝術大学で加藤土師萌に師事。青磁作品で知られているが、豆彩の技法による絵付けを施した青磁などもあり、現代的な感覚をもった作風を確立し、東京藝術大学教授・名誉教授を勤めた。
dかながわ神奈川まくず真葛焼
:色絵・薩摩錦手
 青磁・浮彫、他
2帝室技芸員みやがわこうざん1初代 宮川 香山
 (真葛 香山)
みやがわ こうざん
1842~1916京都の陶工の家生まれ。明治維新後、横浜に移転、真葛焼を開窯。高浮彫に代表される高い技巧は「幻のやきもの」と称さる。各国の万国博などの受賞歴多数。
dかながわ神奈川いろえ色絵・染付
織部・志野、他
5きたおおじろさんじん北大路 魯山人
きたおおじ ろさんじん
1883~1959陶芸家・書家・篆刻家。有名な陶芸家であるが、様々な分野に通じたマルチクリエーター。美食家でもあり、食と器のこだわりから北鎌倉に開窯、陶磁器制作に至った。
eあいち愛知とこなめ常滑焼:朱泥1とこなめ人間国宝
【常滑焼(急須)】
やまだじょうざん33代 山田 常山
やまだ じょうざん
1924~2005愛知常滑生まれ、父で2代常山に師事。伝統的からモダンな造形まで多様性があり、中でも朱泥急須は卓越した轆轤技術による名品として知られている。ブリュッセル万国博で大賞受賞。
eあいち愛知とこなめ常滑焼:朱泥5やまだじょうざん44代 山田 常山
やまだ じょうざん
1954~常滑(愛知)の山田常山家の現当主・4代目、陶芸家。襲名前は絵夢(えむ:本名)として作家活動をしていた。父は人間国宝・3代常山。
eあいち愛知せと瀬戸焼5かとうしろうざえもんかげまさ加藤 四郎左衛門景正
 (藤四郎)
かとうしろうざえもん
かげまさ
1200生没年不詳
(鎌倉時代)
瀬戸焼陶祖とされる伝説的な陶工。瀬戸市の陶彦神社に祀られ、現在も毎年、「せと陶祖まつり」が開催されている。
eあいち愛知しの志野焼
織部焼・黄瀬戸、他
5加藤 唐九郎
かとう とうくろう
1898~1985愛知出身、17歳で作陶を開始。瀬戸や美濃の古窯を発掘・調査を行うなど、桃山陶の再現に努めました。志野や織部などの名品を多く残しており、中でも志野の《氷柱》や《鬼ヶ島》《紫匂》など、名高い名碗で知られている。 
eあいち愛知おりべ織部・黄瀬戸3あいち愛知県
重要無形文化財保持者
かとうさくすけ5代 加藤 作助
かとう さくすけ
1940~瀬戸の赤津生まれ。東京藝術大学大学院を修了後、家業の作助窯の5代目となり、伝統の織部や黄瀬戸の制作に足り組みました。愛知県立芸術大学の陶磁専攻設立に携わり、初代教授も勤めました。
eぎふ岐阜しの志野焼
黄瀬戸・瀬戸黒
1しの人間国宝
【志野・瀬戸黒】

文化勲章
あらかわとよぞう荒川 豊藏
あらかわ とよぞう
1894~1985岐阜県多治見生まれ。京都宮永東山窯の工場長、北大路魯山人の星岡窯を経て、岐阜県可児で志野の筍絵筒茶碗の陶片を発見。以後は大萱に築窯、桃山陶の志野再現に努めた。
eぎふ岐阜さんさい三彩・ラスター彩1さんさい人間国宝【三彩】
紫綬褒章
かとうたくお加藤 卓男
かとう たくお
1917~2005江戸時代から続く、岐阜多治見の幸兵衛窯6代目当主。家業の美濃焼制作の他、幻の名陶であったペルシア陶、中でもラスター彩を研究でも知られ、再現に成功。さらに正倉院三彩の復元にも成功し、いずれも独自の作品として、作品を数々発表、高い評価を得ている。
eぎふ岐阜しの志野焼3ぎふ岐阜県
重要無形文化財保持者
わかおとしさだ若尾 利貞
わかお としさだ
1933~岐阜多治見生まれ、桃山陶に魅せられて独学で志野を学ぶ。日本独自で開発した鬼板の施釉方法と焼成技術によって、特徴的な色調を生み出した志野や鼠志野を生み出している。
eぎふ岐阜しの志野焼1しの人間国宝【志野】
紫綬褒章
すずきおさむ鈴木 藏
すずき おさむ
1934~岐阜生まれ、釉薬研究から作陶へ、5代加藤幸兵衛に師事。一貫して志野にこだわり、ガス窯によって多彩な志野を生み出している。20代にしてプラハ国際陶芸展グランプリを受賞、さらに日本陶磁協会金賞など多数の栄冠に輝き、陶芸界の重鎮として活躍し続けている。
eぎふ岐阜しの志野焼・瀬戸黒1せとぐろ人間国宝【瀬戸黒】かとうこうぞう加藤 孝造
かとう こうぞう
1935~岐阜瑞浪生まれ、5代加藤幸兵衛に師事。多治見に穴窯を築窯・独立し、さらに人間国宝・荒川豊藏にも師事している。志野焼の作品も有名だが、空席となっていた「瀬戸黒」で人間国宝に認定された(荒川豊藏は志野と瀬戸黒の両方で認定されていた)。
eぎふ岐阜きせと黄瀬戸・志野焼3ぎふ岐阜県
重要無形文化財保持者
あんどうひでたけ安藤 日出武
あんどう ひでたけ
1938~岐阜市之倉の窯元生まれ。桃山陶にこだわり、穴窯による焼成を続ける一方で、現代的な黄瀬戸や志野を生み出し続けている。
eぎふ岐阜おりべ織部・志野焼3ぎふ岐阜県
重要無形文化財保持者
たまおきやすお玉置 保夫
たまおき やすお
1941~岐阜の伝統ある玉山窯の4代目。家の伝統に加え、5代加藤幸兵衛に師事。特に織部に定評があり、桃山陶の織部とは異なる、モダンな意匠による「今織部」を生み出している。
eぎふ岐阜さんさい三彩・ラスター彩
美濃焼
5かとうこうべえ77代 加藤 幸兵衛
かとう こうべえ
1945~江戸時代から続く、岐阜多治見の幸兵衛窯の7代目当主。家業の美濃焼の他、日展にオブジェを出品、さらに父で人間国宝だった加藤卓男から受け継いだペルシャ陶や三彩など、幅広い作品を次々と発表。美濃陶芸協会会長、市之倉さかづき美術館館長。
eぎふ岐阜はくじ白磁・青白磁1はくじ人間国宝
【白磁・青白磁】
つかもとかいじ塚本 快示
つかもと かいじ
1912~1990岐阜の土岐に、江戸時代から続く美濃焼の窯元の家に生まれた。中国古陶磁の研究に励み、特に白磁・青白磁の作品は、古典の静謐さと現代的な造形を合わせ持つ優品を残している。
fにいがた新潟むみょうい無名異焼
:窯変・練上
1むみょうい人間国宝【無名異焼】いとうせきすい55代 伊藤 赤水
いとう せきすい
1941年~江戸時代から続く無名異焼の窯元・赤水窯に生まれ、5代当主。伝統の無名異焼の他に、窯変や練上によって花などの文様を描いた作品は新しい無名異焼の境地を開いた。イギリスのヴィクトリア&アルバート美術館に作品を買い上げられるなど、国内外で高い評価を受けている。
gいしかわ石川くたに九谷焼:色絵4文化勲章あさくらいそきち浅蔵 五十吉
あさくら いそきち
1913~1998石川県能美生まれ、初代徳田八十吉や北出塔次郎に師事。日展で数々の賞を受賞するなど、九谷焼の色絵の伝統に新しい工夫を重ねて描かれる花鳥は、現在も高い評価を受け続けている。
gいしかわ石川くたに九谷焼:彩秞1さいゆう人間国宝【彩秞磁器】とくだやそきち33代 徳田 八十吉
とくだ やそきち
1933~2009石川小松の九谷焼窯元の家生まれ。祖父・初代八十吉から古九谷釉薬を、富本憲吉に師事していた父・2代目八十吉から現代陶芸を学び、そこから色絵技法を発展、色釉のグラデーションという新しい表現を生み出した。この宝石のような色調は、現在は4代目に受け継がれている。
gいしかわ石川くたに九谷焼:釉裏金彩1ゆうり人間国宝【秞裏金彩】
紫綬褒章
よしだみのり吉田 美統
よしだ みのり
1932~石川小松の錦山窯に生まれ、3代当主。九谷焼の赤絵金襴手を継承したが、金箔や金粉で透明釉の下に文様を描いた「釉裏金彩」で知られている。品格ある火を保つ金彩の美しい作品は、国内外で高い評価を受け、ワシントン・スミソニアンに永久保存作品に選ばれている。
gいしかわ石川くたに九谷焼(山代)5すだせいか44代 須田 菁華
すだ せいか
1940~石川山代温泉の菁華窯4代目。菁華窯は北大路魯山人が山代温泉滞在中にはじめて作陶をはじめた窯として知られている。当代も伝統を守り、蹴轆轤・登窯の手仕事を続けている。
gいしかわ石川おおひ大樋焼4文化勲章おおひちょうざえもん1010代 大樋 長左衛門
 (現:大樋陶知斎)
おおひ ちょうざえもん
1927~金沢の伝統ある大樋焼10代目当主。東京美術学校(現 東京藝術大学)卒業後、日展で活躍。伝統の大樋焼の茶陶を継承しつつ、金沢大学教授、石川県陶芸協会会長、現代工芸美術家協会理事長などに就任しており、石川の陶芸および工芸界の重鎮。2016年に大樋陶冶斎を襲名。
gいしかわ石川おおひ大樋焼5おお ちょうざえもん1111代 大樋 長左衛門
 (旧:大樋年雄)
おおひ ちょうざえもん
1958〜金沢の伝統ある大樋焼11代目当主。玉川大学文学部芸術学科卒業後、ボストン大学大学院修士課程修了。ロチェスター工科大学や上海工芸美術学院・台湾国立台南芸術大学の客員教授を勤め、2016年に11代大樋長左衛門を襲名。
hきょうと京都らく楽焼5たなかそうけい田中 宗慶
たなか そうけい
1535~?「天下一ちゃわんやき吉左衛門」と呼ばれ、長次郎と共に楽焼をはじめた人物とされる。樂家初代長治郎の妻の祖父であり、楽家2代常慶の父と考えられている。
hきょうと京都らく楽焼5ちょうじろう長次郎
ちょうじろう
154?~1589樂家初代。千利休に従い、楽焼の茶碗を創始。現在残されている長次郎の茶碗は、重要文化財指定も数碗ある。この楽家は現在まで続いており、当代は15代。
hきょうと京都らく楽焼5らく2じょうけい2代 樂 常慶
らく じょうけい
1550?~1635樂家2代目、父は田中宗慶。黒楽と赤楽しかなかった楽焼に、白秞を使用して新たな作風を確立した。また、名高い本阿弥光悦に楽焼の制作を指導したと伝えられている。
hきょうと京都らく楽焼5ほんあみ こうえつ本阿弥 光悦
ほんあみ こうえつ
1558~1637家業である刀剣の鑑定・研磨の他、書画や茶碗の制作など幅広く活躍した人物。中でも、名高い白楽茶碗《不二山》は、国焼の茶碗では2点しかない、国宝のうちの一つ。
hきょうと京都らく楽焼5らく3どうにゅう3代 樂 道入
 (ノンコウ)
らく どうにゅう
1599~1656樂家歴代の中でも特に名工として有名な3代目。楽の伝統にモダンさを融合させた作風で知られている。本阿弥光悦との交流もあり、道入と光悦の黒楽は同釉薬と考えらている。
hきょうと京都らく楽焼・信楽焼5ほんあみこうほ本阿弥 光甫
 (空中斎)
ほんあみ こうほ
1601~1682本阿弥光悦の孫。茶道・書画などをよくし、特に陶芸に秀でていた。楽焼の他に信楽焼を得意とし、後世に「空中信楽」と呼ばれる作品を残している。
hきょうと京都らく楽焼5らく15ちきざえもん15代 樂 吉左衞門
らく ちきざえもん
1949~桃山時代から続く樂家15代当主。伝統の陶家でありながら、東京藝術大学彫刻科卒業後、ローマ アカデミアに学ぶ。伝統の楽茶碗を土台としつつも、常に新しい造形的な茶碗を生み出しており、現在、最も人気のある陶芸家の一人と言えるだろう。
hきょうと京都きょう京焼(御室焼)
:色絵
5ののむらにんせい野々村 仁清
ののむら にんせい
1600生没年不詳
(江戸初期)
京焼の大家。茶匠・金森宗和により、京都仁和寺門前に開窯、華麗な茶道具が有名。《仁清色絵雉香炉》は国宝指定、他にも重要文化財なども数多く残されている。
hきょうと京都きょう京焼(鳴滝窯)
:色絵・鉄絵(銹絵)
5おがたけんざん尾形 乾山
おがた けんざん
1663~1772野々村仁清に学び、京・仁和寺近くに鳴滝窯を開窯、兄は画家の尾形光琳。光琳絵付けの合作も残されている。琳派の乾山は、陶磁器の意匠にも後世に大きな影響を残した。
hきょうと京都きょう京焼
:古赤絵・呉須赤絵
 染付・交趾、他
5おくだえいせん奥田 頴川
おくだ えいせん
1753~1811江戸後期の京焼黄金期の名工。京焼では最初に磁器の創始し、中国の様々な作風を作り出したことで知られています。青木木米や仁阿弥道八など、すぐれた弟子も育てました。
hきょうと京都きょう京焼(粟田口焼)
:色絵・金襴手・染付
 交趾・青磁、他
5あおきもくべい青木 木米
あおき もくべい
1767~1833頴川の弟子で、京都の名工、「京焼の幕末三名人」の一人とされる。後に招聘され、金沢でも開窯しました。文人であり、「識字陶工」とも称されている。
hきょうと京都きょう京焼
:色絵・染付
5たかはしどうばち22代 高橋 道八
 (仁阿弥 道八)
たかはし どうばち
1783~1855京・粟田口で開窯した高橋道八の2代目。頴川に学び、清水五条坂に移転した、名高い名工。高橋道八の窯元は現在まで続いており、当代は9代目。
hきょうと京都きょう京焼
:色絵・染付・交趾
5えいらくほぜん永楽 保全
えいらく ほぜん
1795~1854幕末の京焼の名陶であり、千家十職の一つ、土風炉師の11代善五郎。紀州家の御庭焼開窯に招かれ「永楽」の印を拝領。交趾写しや染付・金襴手の名品が知られている。
hきょうと京都きょう京焼
:金襴手・古赤絵写し
 青磁、他
5えいらくわぜん永楽 和全
えいらく わぜん
1823〜1896保全の長男であり、永楽家12代善五郎。京の仁清の御室窯を再興、加賀大聖寺藩に招かれ、山代にて九谷焼を指導。永楽家は現在も活躍しており、当代は17代目。
hきょうと京都きょう京焼(粟田口焼)
:色絵
2帝室技芸員いとうとうざん1初代 伊東 陶山
いとう とうざん
1846~1920京焼の陶芸家。画壇の円山派に師事、京都五条坂で陶技を学ぶ。粟田に独立後は京焼の改良に取り組み、本窯色絵釉料を発明。陶磁器試験場を開くなど京都の窯業にも大きな貢献をしている。
hきょうと京都きょう京焼
:色絵・青磁・白磁
2帝室技芸員せいふうよへい33代 清風 与平
せいふう よへい
1851~1914京焼の陶芸家。4代続いた清風家の中でも特に名工にあげられる。陶磁器では初めて帝室技芸員に選ばれ、パリ万博など数々の受賞歴がある。作品は特に青磁や白磁に名品が多く、有名。
hきょうと京都きょう京焼
:青磁・白磁
2帝室技芸員すわそざん1初代 諏訪 蘇山
すわ そざん
1852~1922京焼の陶芸家。金沢生まれで、彫刻家の助教諭をつとめた後、京都に移り、56歳で五条坂に開窯。特に青磁の優品が名高く、帝室技芸員に選出。当代は4代目が活躍中。
hきょうと京都きょう京焼
:色絵・大礼磁
5きよみずろくべえ55代 清水 六兵衛
(六和)
きよみず ろくべえ
1857~1959京焼の陶芸家。帝展・文展の審査員を歴任し、帝国美術院会員、さらに日本芸術院会員になった。日展発足時には顧問となるなど、京都の陶芸界の重鎮だった。
hきょうと京都きょう京焼
:色絵・彩埏
4文化勲章くすべやいち楠部 彌弌
くすべ やいち
1897~1984京都生まれ。八木一艸らと「赤土社」を結成し、芸術の分野として陶芸革新運動で有名。独自の工夫による色土を重ねた発色させる「彩埏」は深い色合いを持つ作風で、高い評価を受けている。
hきょうと京都きょう京焼:染付1そめつけ人間国宝【染付】
紫綬褒章
こんどうゆうぞう近藤 悠三
こんどう ゆうぞう
1902~1985京都清水寺下生まれ。京都市立陶磁器試験場時代には濱田庄司の助手を勤めた。京都市立美術大学教授となり、後に学長に就任。染付による、独特の筆致で描いた山水の作品や、晩年には染付と赤絵や金彩を併用した作風を確立。ちなみに甥に俳優の近藤正臣がいる。
hきょうと京都まくず真葛焼(京焼)5みやがわこうさい6代 宮川 香斎
みやがわ こうさい
1944~京都生まれ、江戸時代から続く京都真葛窯の6代目当主。茶道具を中心に制作しており、染付や赤絵、交趾など幅広く、気品ある作風で知られている。
hきょうと京都さんしょくゆう三色秞・辰砂
呉須、他
5かわいかんじろう河井 寛次郎
かわい かんじろう
1890~1966島根県安来出身、京都で活躍した陶芸家。初期には釉薬研究や中国・朝鮮の古陶磁を追求した作品制作でしたが、後に民芸運動に参加。晩年は個性的な造形作品の制作す。人間国宝などの推薦を辞退し、生涯一陶工だった。
hきょうと京都てんもく天目・宋赤絵
千点文・三島
粉引、他
1てつゆう人間国宝【鉄秞陶器】
紫綬褒章
いしぐろむねまろ石黒 宗麿
いしぐろ むねまろ
1893~1968富山出身、京都で開窯・独立。中国古陶磁に魅せられ、柿天目や木葉天目などを完成させたことで有名。その他、均窯や宋赤絵、千点文などの洒脱な作品も数多く残している。
hきょうと京都ぜんえいとうげい前衛陶芸
粉引・刷毛目
5やぎかずお八木 一夫
やぎ かずお
1918~1979京都東山生まれ、沼田一雅に師事して陶彫を学ぶ。前衛陶芸団体「走泥社」を結成、「オブジェ陶」という分野を開拓した陶芸家。特に有名な作品に『ザムザ氏の散歩』などの前衛的なオブジェがあるが、一方で粉引や刷毛目の洒脱な酒器や茶器などを作っている。
hきょうと京都ぜんえいとうげい前衛陶芸5くまくらじゅんきち熊倉 順吉
くまくら じゅんきち
1920~1985京都東山生まれ。京都の松斉陶苑に入門、当時在職していた富本憲吉にも師事。八木一夫らの「走泥社」に参加し、同人として活躍。ブリュッセル万博でグランプリを受賞するなど、前衛陶芸家として世界的な評価を受けている。
hきょうと京都てんもく天目・青白磁
柿秞・鉄秞
1てつゆう人間国宝【鉄秞陶器】
紫綬褒章
しみずういち清水 卯一
しみず ういち
1926~2004京都五条橋の京焼陶磁器卸問屋の家生まれ。しかし作陶を志し、石黒宗麿に師事。日本伝統工芸展の他、ブリュッセル万博を始め、海外の陶芸展などの受賞歴も多数。鉄釉や柿釉・天目などの伝統の技法に、端正なフォルムを持つ作風で、定評がある。
hきょうと京都ぞうけいさくひん造形作品(オブジェ)5きよみずろくべえ8代 清水 六兵衛
きよみず ろくべえ
1954~京・清水焼の名高い六兵衛窯の8代目当主。作家活動としては、オブジェを主とし、建築を学んだ経験から、幾何学的な造形を発表し続けている。父は世界的な彫刻家としても活躍した7代清水六兵衞(清水九兵衞)。
iみえ三重はぎ萩焼・粉引・刷毛目
伊賀・井戸手
5かわきたはんでいし川喜田 半泥子
かわきた はんでいし
1878~1963津の素封家・川喜田家の16代。優れた実業家であると同時に、茶陶に力を注ぐ。後に人間国宝となった備前の金重陶陽・志野の荒川豊藏・萩の三輪休雪と「からひね会」を結成した。
jおかやま岡山びぜん備前焼
:古備前風
 彩色備前・白備前
3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
みむらとうけい三村 陶景
みむら とうけい
1885~1956備前焼の細工物の名手であり、布袋や獅子などの置物や宝瓶の優品を残す。現在ではその作品が希少であるため、幻の名工と呼ばれている。
jおかやま岡山びぜん備前焼:細工物3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
おおあえじんどう1初代 大饗 仁堂
おおあえ じんどう
1890~1954備前焼の陶芸家。蛙の細工物が得意で、蛙仁堂の異名を持つ。陶芸と同時に彫塑も学び、挑戦半島に渡って、京城にて陶芸を指導する傍ら、朝鮮陶器の研究にも励んでいる。
jおかやま岡山びぜん備前焼1びぜん人間国宝【備前焼】
紫綬褒章
かねしげとうよう金重 陶陽
かねしげ とうよう
1896~1967備前伊部の窯元の家に生まれ、初期では備前伝統の細工物の制作。しかし桃山陶の研究して桃山備復興し、「備前焼中興の祖」となった。中でも焼成により備前独特の「窯変」を意図的に作り出すことに成功、桃山備前の肌の景色とモダンな造形を持つ名品を数多く残している。
jおかやま岡山びぜん備前焼
:茶陶・細工物
3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
いしいふろう石井 不老
いしい ふろう
1899~1964明石の朝霧焼を学んだ後、備前伊部にて築窯した備前焼の名工。茶陶と細工物で知られ、特に宝瓶に定評があります。晩年は独自の赤の楽焼「赤焼」による茶碗を生み出した。
jおかやま岡山びぜん備前焼1びぜん人間国宝【備前焼】ふじわらけい藤原 啓
ふじわら けい
1899~1983備前の金重陶陽の指導を受け、40歳の時に作陶を始めた。備前穂浪に築窯・独立後は、伝統的な備前焼に近現代的な感覚を持った大らかな作品を発表している。
jおかやま岡山びぜん備前焼
:陶彫・細工物
3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
いせざきようざん伊勢﨑 陽山
いせざき ようざん
1902~1961陶彫の沼田一雅に師事した、備前焼の陶彫・細工物の名工。日和山公園(下関)にある高杉晋作陶像は代表作の一つ。現・備前焼の人間国宝である伊勢﨑淳を指導した実父。
jおかやま岡山びぜん備前焼1びぜん人間国宝【備前焼】
紫綬褒章
やまもととうしゅう山本 陶秀
やまもと とうしゅう
1906~1994備前伊部生まれ。楠部彌弌に師事し、轆轤の名人と呼ばれる備前焼の陶芸家。優れた轆轤技術によって作られる端正な作風で、特に茶碗をはじめとする茶陶に定評がある。
jおかやま岡山びぜん備前焼:茶陶3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
かねしげそざん金重 素山
かねしげ そざん
1909~1995備前伊部生まれ、兄・金重陶陽に師事し、助手を務めたが、独立後は京都亀岡、次いで岡山円山に築窯し、再び伊部に戻っている。陶陽に匹敵するほどの名手であり、桃山陶の「緋襷」を再現し、独自の鮮やかな緋色を表現した茶陶作品は、格調高く、高い評価を受けている。
jおかやま岡山びぜん備前焼
:青備前, 茶碗・香炉
3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
ふじわららくざん22代 藤原 楽山
ふじわら らくざん
1910~1995備前伊部生まれ。父・初代楽山に師事し、初代が考案した「備前塩窯青焼」を伝承した備前焼の名手。「茶碗と香炉の楽山」と呼ばれた。
jおかやま岡山びぜん備前焼3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
ふじたりゅうほう22代 藤原 龍峰
ふじた りゅうほう
1913~1973轆轤の名手として名高い備前焼作家。特に茶陶や花器を得意とし、磨きの技法で作られている。
jおかやま岡山びぜん備前焼3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
うらがみぜんじ浦上 善次
うらがみ ぜんじ
1914~2006備前伊部生まれ、名工・西村春湖に師事し、備前陶彫の名手。特に牛などの動物の置物や陶像を得意とした。岡山新空港にある陶壁制作でも知られている。フランスのシャガール栄誉賞やサロン・ド・パリ展大賞を受賞するなど、国際的な陶芸家・陶彫家。
jおかやま岡山びぜん備前焼3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
かくみせいほう各見 政峯
かくみ せいほう
1921〜人間国宝の金重陶陽や山本陶秀に師事、縄文備前と須恵器の研究に取り組んだ。伝統の備前の枠にとらわれず、「絵備前」「金彩備前」「縄文備前」「鬼備前」など多彩な作風で知られている。
jおかやま岡山びぜん備前焼3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
ふじわらけん藤原 建
ふじわら けん
1924~1977岡山の和気生まれ。叔父は人間国宝の藤原啓、金重陶陽や北大路魯山人に師事。窯変や緋襷の優品を残している。
jおかやま岡山びぜん備前焼3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
まついともゆき松井 與之
まつい ともゆき
1931~熊本に生まれ、国立京都陶磁器試験所卒業後、備前で築窯・独立。多彩な技法を用いることが特徴的で、練り込みや金銀彩などを備前焼に取り入れ、鮮やかな備前を発表している。
jおかやま岡山びぜん備前焼1びぜん人間国宝【備前焼】ふじわらゆう藤原 雄
ふじわら ゆう
1932~2001備前穂浪生まれ、人間国宝・藤原啓の長男。東京で出版社勤務経て帰京、作陶をはじめた。伝統を継承しつつ現代備前を意識し、豪放磊落でいて、線彫やヘラ目など独自の作風を確立した。
びぜん備前焼3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
かねしげみちあき金重 道明
かねしげ みちあき
1934~1995備前伊部生まれ、人間国宝・金重陶陽の長男。父に師事し、伝統の備前焼を学び、特に茶陶作品の優品で知られている。その一方で、鋭利的なフォルムを持つオブジェや花器なども制作。
jおかやま岡山びぜん備前焼3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
いせざ みつる伊勢﨑 満
いせざき みつる
1934〜2011備前の伊勢﨑陽山の長男で父に師事。伝統の登窯に加え、中世の穴窯を復元し、作品制作では窯を使い分けるなど備前焼の本質にこだわった。現・備前焼の人間国宝である伊勢﨑淳は実弟。
jおかやま岡山びぜん備前焼3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
やまもとゆういち山本 雄一
やまもと ゆういち
1935~人間国宝・山本陶秀の長男であり、父の優れた轆轤技術を継承した作品を制作。さらに備前にガス窯を導入、伝統の「緋襷」を文様のように自在に描き出す「緋紋」「緋彩」を考案した。
jおかやま岡山びぜん備前焼3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
まつだかざん44代 松田 華山
まつだ かざん
1936~2003備前生まれ、父で名工の3代崋山に師事。半地下式穴窯を築窯し、古備前の土味を探究し、さらに独自の「木目備前」を生み出した。作品は茶陶を中心に、花器や酒器などが人気。
jおかやま岡山びぜん備前焼1びぜん人間国宝【備前焼】いせざきじゅん伊勢﨑 淳
いせざき じゅん
1936~備前の伊勢﨑陽山の次男で父に師事。兄・満と備前で初めて中世の半地下式穴窯を復元・焼成に成功。長い歴史に基づく技術を追求する一方で、作風は現代アートのような表現を試みており、伝統的な茶陶に加えて斬新な花器やオブジェなども発表。首相官邸の陶壁制作も有名。
jおかやま岡山びぜん備前焼3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
紫綬褒章
もりとうがく森 陶岳
もり とうがく
1937~備前伊部生まれ。室町から続く「備前窯元六姓」の一つ、森家の流れを汲む窯元を継承し、大窯の焼成に情熱を注ぐ。全長46mの半地下直炎式登窯の焼成に成功、さらに備前寒風に53m、さらに現在は83mの新大窯の築窯に着手。
jおかやま岡山びぜん備前焼3おかやま岡山県
重要無形文化財保持者
よしもとただし吉本 正
よしもと ただし
1943~備前閑谷生まれ。人間国宝・藤原啓の内弟子となり、独立後は閑谷に築窯。藤原備前の作風を継承しており、窯変の見事な景色の備前焼を制作している。
jとっとり鳥取はくじ白磁1はくじ人間国宝【白磁】まえだあきひろ前田 昭博
まえだ あきひろ
1954〜鳥取生まれ、大阪芸術大学陶芸専攻卒業後、帰郷して「やなせ窯」を築窯・独立。高度な轆轤技術に加え、丁寧に面取りしたり、ひねりを加えたりし、白磁に独特の稜線を表現している。
jやまぐち山口はぎ萩焼(深川萩)5さかくらしんべえ1212代 坂倉 新兵衛
さかくら しんべえ
1881~1960萩焼の祖である朝鮮陶工の李勺光を初代とし、後に分家して坂倉姓となった萩焼伝統の陶家。12代は萩焼の中興の祖と称されている。坂倉家当代は15代目。
jやまぐち山口はぎ萩焼
:休雪白
1はぎ人間国宝【萩焼】みわきゅうせつ1010代 三輪 休雪
 (休和)
みわ きゅうせつ
1895~1981旧萩藩御用窯の三輪家10代当主。伝統の萩焼の白秞である藁灰釉に独自の工夫によって、純白に発色した「休雪白」を生み出し、萩焼に新しい境地を切り開いた。隠居後は、休和と号している。
jやまぐち山口はぎ萩焼
:休雪白・鬼萩
1はぎ人間国宝【萩焼】
紫綬褒章
みわきゅうせつ1111代 三輪 休雪
 (壽雪)
みわ きゅうせつ
1910〜2012旧萩藩御用窯の三輪家11代当主、兄の10代休雪に師事。 兄の「休雪白」を受け継ぎ、さらに破格の造形を魅せる「鬼萩」や「割高台」など、独自の作風を確立。萩伝統の茶陶でありながら、現代的な造形美を見せる作品は、他の追随を許さない強烈な個性を放っている。
jやまぐち山口はぎ萩焼(深川萩)3やまぐち山口県
重要無形文化財保持者
さかたでいか1313代 坂田 泥華
 (14代泥珠)
さかた でいか
1915~2010萩焼陶祖・李勺光の流れをくむ深川萩四家の一つである坂田泥華の家に生まれ、13代当主。後に14代を名乗る。特に井戸茶碗「泥華井戸」で知られている。
jやまぐち山口はぎ萩焼(松本萩)3やまぐち山口県
重要無形文化財保持者
のさかこうき野坂 康起
のさか こうき
1931~三重生まれ、美濃で人間国宝の荒川豊藏に師事し、萩焼の窯元の婿養子となり、萩の作陶を始めた。「伊羅保の野坂」と呼ばれるほどで、得意の伊羅保は力強い造形と質感に定評がある。
jやまぐち山口はぎ萩焼(山口萩)3やまぐち山口県
重要無形文化財保持者
やまとやすお大和 保男
やまと やすお
1933~山口萩の窯元の家に生まれ、父・大和春信に師事。鬼萩土と塩釉を使った独自の「炎箔」の技法で高い評価を受けている。山口県立美術館をはじめとする、数々の陶壁制作でも知られている。
jやまぐち山口はぎ萩焼
:休雪白
5みわきゅうせつ1212代 三輪 休雪
みわ きゅうせつ
1940~旧萩藩御用窯の三輪家12代当主、人間国宝・11代三輪休雪の長男。東京藝術大学大学院を修了し、襲名前の龍作(本名)時代からの造形作品でも有名。
jやまぐち山口はぎ萩焼(松本萩)5さかこうらいざえもん1212代 坂 高麗左衛門
さか こうらいざえもん
1949~2004旧萩藩御用窯の宗家・坂高麗左衛門の婿養子となり、12代目を継承。伝統とともに、東京藝術大学で日本画を学んでおり、萩焼に上絵付けを施した作品も発表。
jやまぐち山口はぎ萩焼(松本萩)3やまぐち山口県
重要無形文化財保持者
はたのぜんぞう波多野 善蔵
はたの ぜんぞう
1942~佐賀県唐津生まれ。有田で修行後、萩の吉賀大眉に師事。その後、萩焼窯元・指月窯の養子となり、波多野栄三に師事。伝統の萩と独創的な萩の創作をし続ける陶芸家。
jやまぐち山口はぎ萩焼(松本萩)3やまぐち山口県
重要無形文化財保持者
おか ゆう岡田 裕
おかだ ゆう
1946~萩・椿東の200年の歴史ある晴雲山窯に生まれるが、東京にて進学・就職し、長く家業からは離れていた。しかし、帰郷して父・7代岡田仙舟に師事し、シルクロードをテーマにするなど、様々な萩焼きを発表し、高い評価を受けている。
jやまぐち山口はぎ萩焼(深川萩)3やまぐち山口県
重要無形文化財保持者
さかくらしんべえ1515代 坂倉 新兵衛
さかくら しんべえ
1949~萩藩主毛利氏の御用窯を起源として分家した、伝統ある萩焼の窯元の15代当主。東京藝術大学彫刻科卒業、同大学大学院陶芸専攻を修了後、帰郷して父・14代に師事。作品制作には登窯を使用し、伝統の他に、新しい技法を用いての表現も試みており、独特の作風の萩を発表している。
kさが佐賀ありた有田焼:赤絵5さかいだかきえもん1初代 酒井田 柿右衛門
さかいだ かきえもん
1596?~1666柿右衛門窯初代。赤絵磁器の創始者。この家の当主は代々柿右衛門を名乗っており、当代である15代目は2014年に人間国宝であった14代の逝去により襲名した。
kさが佐賀ありた有田焼:白磁3さが佐賀県
重要無形文化財保持者
なかむらせいろく中村 清六
なかむら せいろく
1916~2011長崎波佐見生まれ、有田の名工・初代奥川忠右衛門に学んだ「轆轤の名手」。艶消しが施された深鉢や壺などの白磁の大作は、淡い光沢と気品ある造形は海外でも高い評価を受けた。
kさが佐賀くろてんもく黒天目
(龍山の黒)
4文化勲章あおきりゅうざん青木 龍山
あおき りゅうざん
1926~2008佐賀有田生まれ、有田・香蘭社の水野和三郎や、轆轤の名手・初代奥川忠右衛門に師事しました。日展などで活躍し、「黒天目」のシリーズで、陶芸家としての名を不動のものにしています。
kさが佐賀ありた有田焼
:白磁
1はくじ人間国宝【白磁】
紫綬褒章
いのうえまんじ井上 萬二
いのうえ まんじ
1929~佐賀有田生まれ。12代酒井田柿右衛門・初代奥川忠右衛門に師事し、「轆轤の神様」です。飾りに頼らない、端正なフォルムそのものを見せる白磁作品は、国内外から高い評価を得ている。
kさが佐賀ありた有田焼
:赤絵・濁手
1いろえ人間国宝【色絵磁器】さかいだかきえもん1414代 酒井田 柿右衛門
さかいだ かきえもん
1934〜2013佐賀有田の伝統の陶家・柿右衛門窯に生まれ、14代当主。東京の多摩美術大学で日本画を学んだ後に帰京、祖父の12代と父の13代が長く途絶えていた伝統の「濁手」の技法を復活させたものを受け継ぎ、現代の草花をモチーフにした独自の柿右衛門作品を発表、国内外で高い評価を得た。
kさが佐賀ありた有田焼
:赤絵・濁手
5さかいだかきえもん1515代 酒井田 柿右衛門
さかいだ かきえもん
1968〜佐賀有田生まれ。父である14代柿右衛門に師事し、2014年に15代酒井田柿右衛門を襲名。日本工芸会正会員、九州産業大学大学院芸術研究科客員教授。
kさが佐賀せいじ青磁1せいじ人間国宝【青磁】なかじまひろし中島 宏
なかじま ひろし
1941~佐賀武雄の窯元の家生まれ、父の元で磁器制作の修行後、弓野古窯跡に登窯を築窯・独立。青磁に魅せられ、一貫して青磁を研究・創作し続けている。多種多様な色に彫りや掻き落としなど、「中島青磁」と呼ばれる独特な青磁作品を発表。
kさが佐賀ありた有田焼
:染付和紙
3さが佐賀県
重要無形文化財保持者
えぐちかつみ江口 勝美
えぐち かつみ
1952〜佐賀生まれ。佐賀県窯業指導所勤務後、築窯・独立。カットした和紙に呉須を染み込ませ、染付する「和紙染」や、立方体に成形してノミで刳り貫いて形を作る「刳抜」など、独自の技法がある。
kさが佐賀いろなべしま色鍋島
:吹墨・薄墨
1いろえ人間国宝【色絵磁器】
紫綬褒章
いまいずみいまえもん1313代 今泉 今右衛門
いまいずみ いまえもん
1926~2001江戸初期からの鍋島藩窯の流れを汲み、一子相伝の色鍋島の13代目当主。伝統の色鍋島に加え、染付を吹き付ける「吹墨」の技法を生み出し、細密な絵付けに独特のモダンな色彩を持ち込んだ。
kさが佐賀いろなべしま色鍋島
:墨はじき
1いろえ人間国宝【色絵磁器】いまいずみいまえもん1414代 今泉 今右衛門
いまいずみ いまえもん
1962~江戸時代より350年の歴史がある色鍋島を一子相伝で伝える今右衛門窯14代当主。伝統の色鍋島を継承しつつ、「墨はじき」によって雪の結晶を浮かび上がらしたり、上絵付けに「プラチナ彩」を導入するなど、現代的な美意識を持つ作品を、高度な技術で生み出している。
kさが佐賀からつ唐津焼1からつ人間国宝【唐津焼】なかざとたろうえもん1212代 中里 太郎右衛門
 (無庵)
なかざと たろうえもん
1895~1985旧唐津藩御用窯の中里家12代当主。古唐津の再興に努めて窯跡調査も行い、岸岳飯洞甕下窯を参考に割竹式登窯を築窯。また独自の「タタキ技法」などで、新しい唐津焼も生み出している。
kさが佐賀からつ唐津焼5なかざとたろうえもん1414代 中里 太郎右衛門
なかざと たろうえもん
1957~旧唐津藩御用窯の中里家14代当主。伝統を継承しつつ、父13代考案の青釉薬や、掻き落とし技法の追求など、独自の唐津焼作品を発表している。
lかごしま鹿児島さつま薩摩焼5ちんじゅかん1515代 沈 壽官
ちん じゅかん
1949~秀吉の朝鮮出征時に来日した朝鮮陶工の末裔であり、薩摩焼の代表的な陶家の15代当主。京都学んだ後、イタリア国立美術陶芸学校で学んだ。作品は、一子相伝の高度な薩摩の技術に加え、学んだ西洋の作陶技術も生かした絵や造形の工夫を重ねている。
mおきなわ沖縄つぼや壺屋焼1りゅうきゅう人間国宝【琉球陶器】きんじょうじろう金城 次郎
きんじょう じろう
1912~2004沖縄那覇に生まれ、壺屋の新垣榮徳に師事。壺屋に築窯・独立後は、濱田庄司ら民芸運動関係者の指導・尽力を得て戦禍で苦しんだ壺屋焼の復興・発展に努めた。後に読谷村に登窯を築窯、現在のやちむんの里を興す。壺屋の伝統の中でも特に魚文や海老文の線彫文様の作品は有名。